▷ゆるりと長崎

長崎ぶらり:ついに軍艦島へ上陸!

2017/05/26

ハウステンボスを後にして、JR快速シーサイドライナーで1時間半。長崎駅に到着。

長崎駅は思いの外(と言ったら失礼かもしれないけれど)綺麗な街並みで現代的。とくに長崎駅から出島方面へ向かうと、美術館と見まがうような市立病院が建っていたり、その向かいには一面ガラスに覆われた県立美術館があって、さらにその横には広く綺麗な川と緑が美しい広場、そして海。

ベンチに座ってくつろぐ外国人観光客とそれらの風景だけ切り取ってみれば、ヨーロッパの港町にさえ見えてくる。こんなに雰囲気と潮風が心地よい場所だから、テラス席で優雅にパスタランチでも食べよう。

Sponsered Link

まずは腹ごしらえから

水辺の森のワイナリーレストラン,長崎,ランチ
えびとたらこのクリームパスタ

と、訪れたのは美術館のほど近くにある「水辺の森のワイナリーレストラン」。13時に控えている軍艦島クルーズの出航場所にも近く、他に飲食店を見かけなかったので(後々散歩したら山ほどあった)二連ちゃんイタリアン。

ちょうどオーダーし終えた頃、一本の電話が鳴る。電話先は軍艦島クルーズ会社からで、内容は「今どこですか?もう集合時間なんですけど・・・」とのこと。どうやら予約確認メールに記載されている「受付開始時間」が「集合時間」だったらしい。出航時間10分前に到着予定でいた私たち。まさか出航40分前に集合だなんて思いもせずちょっと慌てる。

ともあれ仕方がないので、「なるはや」で見るからに美味しそうな美味しいパスタを食べる。「待たせている同乗者のみなさんごめんなさい」という気持ちで食べるパスタの味は複雑だった。

軍艦島へ出発

優雅なひと時になるはずが掻き込みランチになってしまったのは残念ですが、その甲斐あって大幅に遅れることなく乗船。出航して間もなく、世界遺産である三菱造船所の「ジャイアント・カンチレバークレーン」が見えてきます。これは同型としては日本初の電動クレーンであり、竣工から100年以上経った今なお現役の貴重なもの。

その後も船は女神大橋や高鉾島、高島といった主要地を巡りながら軍艦島を目指します。その間ずっとガイドの方によるトリビアを交えた面白い話が聞けて楽しい。ただこの日は波が立っているのか船は大揺れで、三半規管の弱い人は船酔いどころの騒ぎじゃないと他人事ながらに思った記憶がある。

軍艦島,シーマン商会,クルーズ
軍艦島の全形

ようやく軍艦島に到着。海に浮かぶ人口の島と廃墟の数々は、そのビジュアルだけで日本の高度経済成長を駆け抜けた軌跡を物語っています。単に廃頽的なだけではないのです。

軍艦島,シーマン商会,クルーズ
崩れかけたアパート群

右上の一番高いところにある白い建物には三菱のお偉いさんなんかが住んでいたらしい。軍艦島にあるアパート群はトイレ共用の2LDKが主流だったそうですが、ここだけは3LDKトイレ付きだったとか。地位のある人、お金のある人が高い所へ、という構図は変わらないのですね。

Sponsered Link

日本で最初にできたアパート

軍艦島,シーマン商会,クルーズ
30号棟

軍艦島に上陸し、係員の誘導のもと島内見学。写真左奥に見える建物は、1919年に鉄筋コンクリートで造られた日本で最初のアパート。そもそも日本で集団住宅地が数多く建設され始めたのは1950年代後半だったと思うので、軍艦島は随分先進的だったのでしょう。

その証拠に島民の生活は超が付くほどリッチであり、まだテレビが三種の神器といわれ日本の5%の家庭にしかない高級家電だった当時でも、この島での保有率は100%。小津安二郎監督の1959年の映画『お早う』では相撲の時間になるとちょっとリッチでテレビのある家に近所の人たちが集まって取組に声援を送る、なんて光景があり、すごく時代を反映していて微笑ましい映像なのですが、この島ではそうした段階をすっ飛ばしてすでにバッチリ核家族化していたのかもしれませんね。

加えて島民たちは本島とは比較にならないほど高給取りだったうえ、島民全員が十分なお金を手にしていたので強盗も窃盗もなく彼らは鍵もかけず生活していたとか。なんて異次元的な暮らしぶりなんだ。楽々一周できるような小さな人工島が炭鉱の力だけでこんなにも繁栄するというのはにわかに信じがたい事実です。

島内唯一の小学校

軍艦島,シーマン商会,クルーズ
生い茂る草木と小学校

上の写真に見えるのは小学校で800人もの児童が通うマンモス校だったそう。なにより島の人口が当時の東京よりも多かったというのだから驚く。島全体で老朽化が進むなか、この小学校も例外ではなく、この写真の反対側はほとんど壊滅的。島内に全部で3箇所ある記録カメラが「倒壊の瞬間」を捉える日はそう遠くないのかもしれない。

そして手前に生えている緑も、どこからともなく種が飛んで来たのか、今でこそ草木が茂っているものの当時は種を植えても植えても自生してこなかったというのだから皮肉なものです。人が住み炭鉱を掘っている間は「緑のない島」、人が消え手入れをしなくなったら「緑が生える島」。

おわりに

軍艦島、ものすごく感銘を受けました。誰もが一度は行って後悔はしないと思います。知れば知るほど興味の湧く島で、炭鉱の生産だけが目的であるはずの人工島がどれだけ栄えていたか。戦前、戦後、そして高度経済成長期、どれを見てもその暮らしぶりは異常にさえ感じられます。こうしている間にも刻一刻と風化が続いており、もう1年後には私が今回見た状態では見られない可能性が高い。哀しいことですが、自然に還るという意味では良いのか、悪いのか。

ちなみに今回参加したのは「シーマン商会」というところのツアー。ガイドも面白いし、上陸証明書や希望者には本物の石炭ももらえます。石炭、飛行機に乗せられないらしいですが・・・。笑

一言で「軍艦島クルーズ」といってもたくさんあるのでご参考までに。

この記事をシェアする!
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

-▷ゆるりと長崎


コメントをする

関連記事

魚店亜紗,長崎駅前,居酒屋

ぶらり長崎:市内の人気店で晩酌

軍艦島クルーズから帰還したあと、パスタを掻き込んだせいか、食べるのが遅すぎる私のパスタを手伝ったせいか、同行者がダウンし …

ハウステンボス,ピノキオ,イタリアン

ハウステンボス:「ピノキオ」で夜ごはん

ハウステンボスでの夜ご飯は、園内にある人気ナンバーワンのピザ屋さん「ピノキオ」で。ここのピザ釜は有田焼で作られている世界 …

羽田空港,空弁,賛否両論

久しぶりの国内線!ゆるゆる長崎旅行

5月、非常に退屈なので週末を利用して2泊3日の長崎旅行。国内旅行は去年9月の金沢以来。もっとも行くとすれば中国・四国地方 …

プロフィール

名前:haruno / 気が向いたときにサクッと一人旅するのが好きな東京人です。だいたい映画と旅行と美味しいもののはなし。 more